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2011/07/08

安全についての考察

伊丹十三著「女たちよ!」に出てくる、とても好きな話で、
イギリスの車は、実に当たり前のように油が洩るというのがある。

洩れないようにすることは、そんなに難しいことではない。
しかし、イギリス人とって、油が洩る、ということは欠点ではなく
むしろ、それが必要ですらあるらしいと。
あるエンジニアにこのことを質問してみると、むしろ上機嫌に...

あれは、わざとそうなってるんだよ。
つまり、われわれは、ドライヴァーに、
車というものは決して油が洩らないものだ、
という誤った観念をうえつけたくない。
金属と金属の間にパッキングをはさんで
螺子でしめつけただけのもんだろう。
どんなにそれが完全にできてたって、
なにかの衝撃で、どうゆるみがこないか、
そんなことが保証できるものじゃない。
保証できないとしたら、なまじっか油が洩れない
という印象をあたえるより、
むしろ、車というものは油が洩れるものだ、
一刻も油断ができない、
というふうに考えてもらったほうが故障が少ない、
とわれわれは思うのだ。
それがイギリス人のものの考え方なのだ。

こういう感覚はじつに大切で、あなどってはイケナイと思うのだ。
車にかぎらず、他の乗り物や様々な日用品や建築物や、
さらには、もっと大きなモノにもいえると思うのだ。
建物だって、何しろ、釘やトンカチで作ったものなんだから...(失礼)

Onnatachi

先日、車の修理をしてもらった時に聞いた話だが、
日本車が時々バッシングされてしまうのは、先のイギリス車とは逆の発想で、
完全につくり過ぎてしまうから、それがどうも気に入らない、ということらしい。

完全などありえないのに、完全にできるかのような振る舞いが
慢心しているように思われるのだろう。
絶対安全だ、という誤った観念をうえつけかねないと。

完全で壊れないからメンテナンスもいらない...にもかかわらず
なぜか数年で使い捨てるような有様だから、
完全に作る意味はさらに弱くなるのでは?

こういうことに反発を覚える人たちは、修理ができるメカニック、
つまり、現場の知恵がなくなってしまうことが危険だと
感覚的にわかっているのかもしれない。

今でもイギリス人は同じように考えるのか、
イギリス車は洩っているのかはわからないけど。

 

 

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